•  No.19 信頼回復

一昨年の11月、国土交通省より構造計算書偽装のプレス発表がありました。 私たち設計事務所にとって、今までに経験したことのないとんでもない事件の始まりでした。 捜査の過程で様々な登場人物が出てくる中で、結局この事件は姉歯元建築士の構造計画書偽造によるものとなりましたが、 この事件をきっかけに多くの問題が議論されることになります。
 
先日の国会では、国交省より「社会資本整備審議会」への諸問により設けられた「社会資本整備審議会建築分科会基本制度部会」により まとめられた「建築物の安全性確保のための建築行政のあり方について」の報告書に基づき、建築士法の改正案が審議され可決されたところです。 この間、既に6月14日に可決された第一弾の建築基準法・建築士法の改正案と同様に、広く国民にパブリックコメントが求められたほか、 建築関係団体からは多くの意見が出されました。
 
「安心・安全なすまい」造りは、ごくあたりまえのこととして私たちは努力をしてきました。消費者の皆様も、 何より「安心・安全なすまい」を求めていたはずです。 この合致した需要側と供給側の関係が、何故もろくも崩れてしまったのでしょうか?
 
「すまい」は、住む側の発注者と造る側の受注者によって成り立っていましたが、「すまい」を取り巻く環境が変わり、 ただ単に"住宅を造るから頼むよ"というスタイルは少なくなってきました。社会が複雑になると共に、そこに多くの新しい産業が生まれますが、 近年になってこの住む側と造る側の間に多くの関係者が介在することになります。
 
このような時代の中で、私たち設計事務所の仕事も、真のユーザーである住まい手からの依頼ではなく、「すまい」の販売者である 建売業者・ハウスメーカーやデベロッパー、賃貸住宅を提供する不動産業者や地主からの依頼が多くを占めてきました。 このような受発注関係の中で、設計事務所が真のユーザーに対する「安心・安全なすまい」を提供できているのでしょうか?
 
消費者は、今回の事件で構造計算書をはじめ建築の品質や安全に対して多くのことに関心を持ちました。 そして新たに住宅を建てる(購入)するにあたり、建築物の品質や安全性を求めるために、建築士や建築士事務所など建築設計に関連する情報も多く求められています。 真のユーザーである住まい手が、「安心・安全なすまい」を手に入れるために、提供する側の直接の担い手である私達の情報を欲しがっているのです。 
 
私達設計事務所は、ただ単に発注者の要求・期待に応えるだけでなく、真のユーザーの声にも耳を傾け、更に地域社会の信頼と理解を得る必要があります。 また、自らの知識を高め技術を練磨し、情報を発信することにより密接な信頼関係を持って業務を遂行していかなければなりません。
 
私たちは、この事件を直接関わりのある問題として関心を持ち続けなくてはならないと思います。 今回の建築基準法をはじめとする建築関連の法律が改正されることで、構造計算書偽装問題は一応の終止符を打つことになります。 しかし、姉歯元建築士の偽装99物件の被害を被った方々や、業務に携わった者にとっては、現実にどうするのか問題がまだまだ解決されていないのです。
 
また、このほかにもこの数年私達の周りで「シックハウス」「アスベスト」「歩道橋落下」「悪徳リフォーム業者」「ビジネスホテル改修」「エレベータ事故」 などが立て続けに起こり、建築の品質や安全性に対する信頼が揺らいでいます。 私達専門家ひとりひとりがこの問題に真摯に取り組み、失われた信頼を回復し、消費者に「安心・安全なすまい」を提供していきたいものです。
 
 
上原 伸一