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新すまい考

畳(タタミと女房は新しい方がよいか?)

 数ある諺の中でこれほど誤解を受けやすいものはありません。奥様方の名誉と、私達の生活に深く係っている畳の為に一言いわせていただきます。


 世の中の亭主共全てが、畳替の度に女房も取り替えたいなどという大それたものではなく、(少しはあるけど)女房は永遠に新しい畳の様に、初々しく、新鮮であってほしい!と願う、男の切ない望みを代弁したものです。


 奥様方から白い眼で睨まれたのでは畳も亭主も気の毒というものです。第一(亭主はさておき)畳ほど保温、弾力、吸音性に優れ、湿度調整自由自在、汚れ易い、痛み易いの欠点でさえ、表替でいとも簡単に若返り、あの素々とした、くすぐったい様な感触を味わえる床材は他に類を見ません。


 ウサギ小屋とか評された日本の住宅ですが、畳部屋とは実に便利なもの、そこに用意する家具一つで寝室食堂居間客間、書斉納戸に子供部屋、襖をはずせば大広間。仲々どうしてみごとなものです。先人の知恵に深く感謝し、反省しなければならないのであります。


 ところが、これほど素晴らしい床材であるにもかかわらず、民間に普及したのが、なんと江戸中期、一部地方は明治以後であったとのこと。


 しかし、歴史的には奈良の昔に逆のぼり「たたむ」の語源に示す通り、ゴザや敷皮と同じあつかいを受けていた。


 中でも畳の敷かれた場所は神事の座であり、権力の象徴であり、貴人の寝台であった。今でも「床の間」にその名残りを留めている。鎌倉時代、武家屋敷などに床材として登場するが、板床との共存であった。


 やがて茶道の発展に伴い数奇屋の中に畳の間が定着し、祝儀不祝儀敷生産地別等級、格式といった「畳の文化」が生まれ、次実に一般庶民の家庭に進出していくが、面白い事に、畳を家具として扱い、引越の時には持ち運んだという。


 そして今日、「座の文化」から「立ちの文化」へと、生活様式が変化し、最少面積最大利用を要求されると共に、床の間が次第に姿を消し、続き部屋が個室化洋室化されさらには、農業の機械化による原材料不足、非木造建築の増加、アルミサッシ窓の定着、機械空調の普及による気密性の高さが畳にとっては過湿吸収となってしまい、ダニの発生源として大きな問題になるほど、時の流れとはいえ、畳の将来は決っして明るくはないのです。


カット・高倉瑶子

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